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明治時代に入り、1907年(明治40年)に日本初の清酒品評会である『第一回全国清酒品評会』に出品された『龍勢』はみごと首席に輝き、これが全国に広島の地酒の品質の高さを示すものとなりました。また、昭和天皇ご生誕のニュースを伝える1926年(昭和元年)12月25日の新聞紙面の見出しが、『宝寿宝寿宝寿・・・・』という文字で囲まれていたことから、最も慶事にふさわしい酒として、『宝寿』というブランドを誕生させています。
その後、第二次世界大戦中には食糧難による米不足、あるいは政府が酒税確保のため酒造りにアルコール添加を義務付けたため、藤井酒造では生粋の純米酒だけが『龍勢』の名を名乗るという、頑なな酒造りへのこだわりを守り抜き、この時代に『龍勢』を一切販売しませんでした。そして現在の『龍勢』が1970年代(昭和50年代)に再び復活。藤井酒造では2002年(平成14年)からは、酒造りの全量を純米酒へと切り替え、原料米を生かした酒造りを念頭に、日本酒の持つ本質的なすばらしさを追求した酒造りを続けています。
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