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小豆島には文禄年間(1592~1595年)に、紀州の湯浅(現在の和歌山県有田郡湯浅町)から醤油造りが伝えられたとされ、これが島の重要な産業として大きく変化していくのは明治維新以後となります。小豆島の醤油業界では、醸造技術の改善と品質向上のために醤油試験場を設置し、関東より清水十二郎工学士の招聘(しょうへい)を行います。しかしながら、さらに醸造工場の機械化を実現し、試験場の研究の成果を上げ上質の醤油造りにつなげるためには、当時100以上も存在していた個人の醤油業者ではできないとの見解に立ち、1907年(明治40年)に木下忠次郎が有志数人とともに『丸金醤油株式会社』を設立するに至りました。
木下忠次郎は初代丸金醤油の社長に就任し、関東の醤油と並ぶような高い品質の醤油を生産・販売することを目指し、創業の翌年には早くも関西の市場に向けて出荷を開始します。さらなる品質向上とともに、香川県の金刀比羅宮のご紋章からいただいた『丸金』の商標を用いて、広告宣伝することにも力を入れていきます。
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