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日本酒蔵元 岡田屋本店
歴史と文化が根づく石州の地で、末永き日本人の弥栄を夙に願う
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蔵便り
2012.05.16更新
天候不順の中、5月5・6日の2日間は好天に恵まれ、地元の島根県立万葉公園の空を「鯉のぼり」が見事に泳いでくれました。これらは市民の善意で集められたもので、沢山元気に泳ぐ姿は力を与えてくれます。また、この鯉のぼりの数だけ大きく成長した男の子がいたのだなあと、しみじみした気持ちにもなります。
過去の蔵便り
「火落ち菌」の発見

島根県西部・益田市に位置する岡田屋本店の創業家・大谷家の歴史には、江戸末期に徳川幕府と長州藩との間で繰り広げられた、第二次長州討伐に重要な転機がありました。初代の大谷嘉十郎は、石州口の戦いで功を上げて長州側の勝利に貢献し、長州藩・大村益次郎により認められたことをきっかけとして、地元の人々の信頼を集めるようになります。その後、財を成して醤油と酒造りを開始し、1872年(明治5年)には醤油、1877年(明治10年)には日本酒の醸造元として、『岡田屋』という屋号のもと正式に創業することとなりました。当時のブランドは『弥栄正宗』と呼ばれ、商売は順調に成功を収めていきました。しかしながら、初代・嘉十郎は自らの成功の裏腹で、酒のもたらす『悪』に憂いを抱き、また、もともと信仰心が強いこともあって、かの画僧・雪舟が住職を務めたと伝えられる医光寺裏の龍蔵山の頂に慈善院を建立して生活の場をそこに移し、病に苦しみお参りに来た人々に薬などを分け与えます。

その息子である二代目・嘉十郎は父とは違い、非常に商売の才能に長けた人物で、事業も拡大し、また、教育に熱心であったことから様々な寄付を地元に行います。さらに、帝国大学(現在の東京大学)に在学中には、当時、酒を腐らすとされた『火落ち菌』の存在を発見したことで、それ以後の日本酒業界の発展に多大な貢献を果たすこととなりました。

「弥栄正宗」から「菊弥栄」へ

三代目当主となった大谷嘉助は、長男であるがゆえ家督を継ぎますが、非常に繊細な人柄であったこともあり、初代・嘉十郎同様に、酒で身を滅ぼす人々がいることで、酒造りは『善い』行いであるのか真剣に悩んだといいます。そこに当時師事していた浄土真宗の高僧・足利浄円先生より、「酒造りを行う人の心次第で、酒は善にも悪にもなる」との教えを受けたことで、その迷いが消えました。さらに「日本人の弥栄を願う」という意味を持つ『菊弥栄』という名が与えられ、1934年(昭和9年)に銘柄名を『弥栄正宗』から『菊弥栄』へと改名しました。この清酒『菊弥栄』には、創業から変わることのない丁寧な造りが生きていると同時に、こうした酒への深い思いが込められて醸される益田の地酒として、地元では長く愛され続けています。また、1998年(平成10年)よりリリースした、自然豊かな地元の農産物を用いた各種焼酎類も、非常に高い人気を博しています。

岡田屋本店では、酒への真摯な心を大切にした伝統の酒造りが代々引き継がれ、その味わいに脈々と息づいています。

蔵元情報
蔵元名 株式会社岡田屋本店
所在地 〒698-0011 島根県益田市染羽町5-7
電話番号 0856-22-0127(代)
FAX番号 0856-22-0121
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